Saranでは今後、犬のしつけ・トレーニングは一切行いません。

 

犬の訓練を学び始めて今年で11年が経ちます。

自分なりに一生懸命、犬のしつけ・訓練と向き合ってきました。

 

そこで、常に感じるのが「犬は悪くない、変わるべきは人間」ということです。

つまり、犬にトレーニングは必要なくて、本当に必要なのは人間の方ということ。

 

今までのように、飼い主と犬が一緒に来て、

そこで悩みを聴き、問題を見つけ、練習していく。

 

そうなると、犬は新たにトレーナーや環境、

他の犬と関係を築かなければいけないし、

飼い主の方針転換にも対応しなければいけない。

 

また、途中で教室をやめる、もしくはお試しで1度だけなど…。

 

そもそも、その犬と暮らしの全てを一緒にしているわけではなく、

ほんの一部しか見ていない、なのにトレーナーだからと

その犬を褒めるとか、叱るとか、とても傲慢なことだと感じます。

※あくまでも自分はそう感じるだけなので、他のトレーナーも傲慢、と言いたいわけでありません。

 

 

人間の都合に振り回されるのはいつも犬です。

この流れだと犬が頑張らなければいけない範囲が広すぎる。と思いました。

 

 

自分が見習いの頃から、今に至るまで。

を考えた時に、見習いの1年目は

「お前はまだ犬を触る段階にいない」

「犬のことが何もわかっていない」

「お前に訓練される犬はかわいそうだ」

とよく言われました。

今思えば本当にその通りで、その当時の僕は、

犬に自分の言うことを聞かせることばかり考えていて、威張っていて支配的な態度ばかりでした。

だからおやつを持っていても言うことを聞いてもらえない、

次第におやつすら食べてもらえない。という関係にまでなりました。

 

そこから見習いの1年目は「犬と遊ぶ、仲良くなる、好かれる」これだけでした。

1年毎日、毎日生活を犬と共にし、休みなく犬にまみれて、

自分と向き合い続けてようやく「犬と遊ぶ、仲良くなる、好かれる」という感覚を掴みました。

すると、技術はなくても犬たちは、自然と言うことを聞いてくれるようになりました。

 

自分が経験してきたことを振り返った時に、

家庭犬のしつけや問題の解決に本当に必要なのは「技術」や「知識」ではないのだと。

 

そして、前述したように「犬は悪くなくて、変わるべきは人間」と考えたときに

飼い主が愛犬を連れてきて練習をすることよりももっと先にやるべきことがある、と気づきました。

 

具体的には、

①犬からのメッセージを受け取れるようになる

 

お腹が空いた、身体が痛いなど、犬は飼い主に必ずサインを出しています。

でも、人はそこに気づかないことが多いです。

いつもしている何気ない仕草が不調のサインだったり、

何気なく座ったのが「少しストレス」の意思表示だったり。

まずはそのサインに気づけるようになること。

 

②犬の気持ちを想像できるようになる

 

犬の気持ちが「わかる」とか「理解できる」をいきなりやろうとすればおかしくなります。

まずは「こうかもしれない」「ああかもしれない」と想像できるようになることです。

 

③犬と意思疎通ができるようになる

 

「会話をする」と聞くとハイジのように、アニマルコミュニケーションやスピリチュアルなことを想像しますが、

そうではなく「意思疎通」です。

赤ちゃんとのやり取りや外国人とジェスチャー(ボディランゲージ)でのやり取りと同じです。

 

 

こういったことができなければ、本当の意味で犬との関係は良くならないと思います。

なので、Saranではしつけ・トレーニングの前の犬と意思疎通ができるようになるために

犬のしつけ・トレーニングを一切やめて、【耳をすませば】を作りました。